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信州 憑(たのめ)の里 便り
(両小野地区振興会ホームページ)


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蔵造川の全体像

水路橋上部を流れる蔵造川

 
蔵造川水路橋へのご案内 → こちらのPDFファイルをご覧ください。

 

 
 
 

蔵造川水路橋(通称めがね橋)
 
 鉄道線路建設により分断されたぞうぞう川を通すために一九〇六年に造られた
水路橋である。左右対称の五径間アーチ橋である。(両端のアーチは土の中) 
こうした橋は全国に多数造られたが、現存する唯一のもので貴重な文化遺産
である

 
 
 
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蔵 造 川 水 路 橋
 
 明治維新から30年を経た1900年頃の日本は、政治・経済・文化等のあらゆる面で、近代化が推進され、その基盤となる鉄道の建設も全国で進められていた。東京から塩尻、篠ノ井を経て日本海(直江津)に至る幹線の一環として、中央東線(辰野経由)も多大な困難を乗り越えて進められ、善知鳥トンネルの完成をもって全線開通した。明治39年のことであった。善知鳥トンネルは急勾配(標高差が80m)に加え、地盤は悪く、湧水も多く、4年近い歳月を要した難工事であった。
 この鉄道線路・善知鳥トンネル建設に伴い、遮断されることになった川の流れを維持し、鉄道の安全を図り、農業用水を確保するために建設されたのが、この「蔵造川水路橋」である。
 当時の最先端技術を駆使してのレンガ造り、五連のアーチ(現在、二連は土中に埋まり、見えるのは三連のアーチ)からなる地上高さ9.8mの堂々たる水路橋で、「めがね橋」の愛称で地元に親しまれてきた。積雪と凍結の厳しい山地(標高約900m)にありながら、風雪にたえ、長くその役割を果たし、北面に補修はあるが、今なお、当初のレンガ造りの雄姿を残している。
 明治時代、こうしたレンガ橋は、全国で数多く造られたが、今日、残っている、唯一の水路橋で、平成27年度に公益社団法人土木学会の「選奨土木遺産」に認定された。
 今日、水路橋としての重要さは失われているが、百年以上にわたり、その機能を果たしていた明治期のレンガ焼成・築造技術には驚嘆するものがあり、未来に残していくべき大切な歴史遺産と言える。この施設は東日本旅客鉄道が所有している。
 なお、この水路橋の近くに、蒸気機関車時代の善知鳥トンネル内における列車乗客の安全を確保するため、トンネル内の煙を排出するための施設 排煙所があったことを付記するものです。